朝礼訓辞

平成26年2月 朝礼訓辞

今から約270年前、江戸時代に武蔵国(今の埼玉県)に塙保己一という、のちの有名な国学者が生まれました。
  生家は裕福な農家でしたが、5歳の時、目が見えなくなり、7歳の時、完全に失明しました。

お母さんの「きよ」は片道8㎞の道を1日も欠かさず、わが子を連れて、眼科医のもとに通い続けました。
  しかし、保己一が12歳の時、最愛の母もなくなりました。
保己一は杖を頼りに毎日、墓地に行き、母の墓石に向かって泣き続けました。

涙の中で一つの決意が生まれました。
江戸に出て学問で身を立てよう。保己一は耳で聞いたことは、全て記憶するほど抜群の記憶力の持ち主でした。

江戸に出た保己一の目覚ましい研鑽が始まりました。
目が見えないので、誰かに本を読んでもらうしかありません。
  全身を耳にし、耳にしたことは全て身に付けていきました。
盲目の身で学問に励む少年がいると、たちまち江戸中の町の評判になりました。

当時、日本書紀などで9世紀の光孝天皇までは記してあるが、それ以降の日本の歴史は整理されていませんでした。後の日本の人々にきちんとした歴史を伝えるために、整理する仕事に打ち込み「郡書類従」の編纂に取り組みました。

34歳の時に始めてから74歳で完全します。実に40年の歳月を要し、660冊の本ができあがりました。

目が見えず、耳が聞こえず、口もきけないという三重苦のアメリカのヘレン・ケラーはあまりにも有名ですが、ヘレン・ケラーはこう言いました。
「小さい頃、私は母に励まされた。日本には幼い時に失明し、点字もない時代に学問を積み、一流の学者になった塙保己一という人がいる。あなたも保己一を手本に頑張りなさい。」

電話、携帯、パソコンだという現代に比べ、気の遠くなるような話ですが、その心意気のかけらだけでも私達は学ばなければならないと思います。

「インフルエンザ大流行の兆し」という大きな新聞報道があります。今年はA香港型に加え、2009年に新型として流行したH1N1型の感染が、大幅に増えているのが特徴だそうです。
免疫のない子供や乳幼児が多いと見られ、感染が拡大しているおそれがあるそうです。
冬の低温と乾燥した気象条件で感染が広がりやすいとも言われています。言うまでもなく、まめな手洗いうがい、マスクの使用が必要です。
インフルエンザに罹らないよう今月も頑張りましょう。

                      「致知2月号」より抜粋

医療法人純青会 せいざん病院
理事長  田上 容正

トップへ戻る
スタッフ
アクセス
新着情報
ギャラリー